ニヤニヤおっさん

 昔、僕が小学生だった頃、近所に「ニヤニヤおっさん」と言う人が出没していた。何がおかしいのか、いつも見るたびにニヤニヤ笑っていた。だからニヤニヤおっさん。

 その人はコジ……、ホームレスの人なんだが、徒歩や自転車ではなく、自家用車で近所を徘徊していた。どうやって入手したのか知らんが、まだ動いているのが不思議なぐらいボロボロで、窓ガラスは全部失われ、新聞紙が貼ってあった。

 もちろん、十分な速度なんか出る訳が無く、僕らが歩いて追い抜けるような速度で走っていた。亀より遅い車。命知らずな僕の友人が車内を覗いたら、シートは全て無く、床にはやっぱり新聞紙が敷いてあったそうだ。

 覗かれているのに気付いたニヤニヤおっさんは、怒ってその友人を走って追いかけてきたそうだ(もちろん自分の足で。その車でだったら100年かかっても追いつけない)。でも、やっぱりその顔はニヤニヤ笑っていたそうだ。竹中直人か、お前は。

 何年か経ち、ニヤニヤおっさんは僕らの町から姿を消した。やはり、道路交通法的に何か問題があったのだろうか。その頃、僕らの間では主な話題が、仮面ライダーアグネス・チャンやニヤニヤおっさんから、中学進学への期待や不安へと移り変わっており、彼の失踪は僕らの口にのぼることはなかった。まるで最初からニヤニヤおっさんなど存在しないかのようだった。

 そうして僕は、中学に進み、高校大学を卒業し就職し退職し、山ほど転職しているうちに、頭の禿げ上がった46歳になった。あの時から38年経過した。

 しかし、ニヤニヤおっさんはまだ生きているに違いない。あの原型をとどめないほどにスクラップ化した車に乗って、今ものろのろ、世界のどこかを走っているに違いない。ニヤニヤ笑いながら(マッドマックス2的エンディング)。

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